八世紀と九世紀の間、カンボジアは内戦になって、国は二つに分裂し、また ジャワ(現在インドネシア)に侵略された。
九世紀に入って、カンボジアはジャワから独立して、アンコール帝国は始まった。
そのアンコール帝国は六百年間も続いて、いろいろな所に都を移された。
しかし、首都は殆どアンコールにあった。そのことから、アンコールには多くの
遺跡が眠る。その中に、世界に最もすばらしいものがある。それは アンコール
ワットです。カンボジアにいらっしゃる人々は必ずアンコールワットを訪れる。
そのアンコールワットの素晴らしさは人々の心を引っ張って、”何回訪れても、
飽きることはないと多くの人々がいってくれた”。
十二世紀の終わり頃 アンコール帝国はチャムパ国に侵攻され、都を燃やされた。
十一年後 ジャヤーヴアルマン7世王がチャム軍と戦い勝利を収めた。王は即位後
都を再建し、都の中心にバイヨン寺院を立てた。ジャヤーヴアルマン7世王の
時代、カンボジアはもっとも繁栄がある国だった。
残念ながら、ジャヤーヴアルマン7世王の時代が終わってから、カンボジアは内戦 になって、人々は苦しんでいた。その内戦はフランスがカンボジアに侵略まで ずっと続いていた。
1953年 要約カンボジアはフランスから独立し、国を再建した。
また、1975年に 国は再び内戦に落ちて たくさんの人々をポルポト派によって
殺された。
三年間の間カンボジア人の血が川のように流れ、骨は山のようになった。
カンボジアはまた世界にももっとも驚く”KILLING FIEL”であった。
長い歴史にわたって、人の素晴らしさ、悪習、苦しさは全部カンボジア人の心に 残っている。